「実在の憧憬」 蒼風薫
薫風が行く
あとを追うのは誰
梢にちいさないのち
めぐる季節への
地図を広げている
薫風が行く
あとを追うのはわたし
梢に君をみつけて
初夏を一緒に
深呼吸する
朝の挨拶は順序を
誤らない
お昼のお弁当が早すぎる
合図に応えている
夕方、こどもたちはシチューのこと
だけを思いながら
星の瞬く夜
ひとびとは灯りに抱かれて
窓は開け放たれる
薫風が招く
招かれるのは何
夏という名の熱病
その、ほんの一瞬前の
止まり木に
夏館の小道具屋は店を開く
薫風が招く
招かれるのは眠りたくないわたし
夏が好きだったひとの
骨
を、胸に懐きしめながら
それでもいつか夢のなかへ
薫る風にすこやかなこの国の
この町
朝も昼も夜にも
みているのは実在の憧憬